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自分はほとんど本を読まないのだが、たまたま時間が空いたので、Arthur Conan Doyle の "A Study of Scarlet " を読んでみた。
これはずっと前に、著作権が切れて無料になった他の本と一緒に、Kindle に放り込んでいたものだ。
先日、たまたま時間が空いたので、スタバに寄って読んでみた。

英語に関しては、100年以上も前の本だから古い表現が多く難しいだろうと思っていたけれど、わりとスムーズに読めた。

ここに一部を貼り付ければ、

it attempted to show how much an observant man might learn by an accurate and systematic examination of all that came in his way. It struck me as being a remarkable mixture of shrewdness and of absurdity.The reasoning was close and intense, but the deductions appeared to me to be far-fetched and exaggerated. The writer claimed by a momentary expression, a twitch of a muscle or a glance of an eye, to fathom a man's inmost thoughts.

Deceit, according to him, was an impossibility in the case of one trained to observation and analysis. His conclusions were as infallible as so many propositions of Euclid. So startling would his results appear to the uninitiated that until they learned the processes by which he had arrived at them they might well consider him as a necromancer.

"From a drop of water," said the writer, "a logician could infer the
possibility of an Atlantic or a Niagara without having seen or heard of
one or the other. So all life is a great chain, the nature of which is
known whenever we are shown a single link of it.

こんなことを書くとシャーロキアンに怒られるかもしれないが、"A Study of Scarlet " は短かいし、ちょっとした時間つぶしにはよかった。
科学に対する無邪気な楽天主義も、イギリスのビクトリア朝の時代精神 (Zeit Geist) を反映しているようで、なんとなくおもしろかった。
当時は、プランクの量子仮説やハイゼンベルクの不確実性原理やゲーゲルの不完全性定理などのお化けがでてくるずっと前だから、実験や観察や論理的な思考から真理に到達できるはずだと、無邪気に信じられていたのだろう。

あらためて、小説は、その時代を写しだす鏡なのだと思った。

"A Study of Scarlet " は、英語はやさしいし、無料で Kindle に落とせるし、かなりおススメです。
シャーロック・ホームズのデビュー作であり、ミステリーとしても、a human tragety としても、文句のつけどころのない傑作を、こんな風に安易に紹介するのもどうかと思うけれど。
アマゾンのレビューに、「これを読んだら、全巻を読みたくなるような本」と紹介されていましたが、まったくその通りで、ぼくも、他のホームズ・シリーズを読みたくなりました。

ほぼ同時代の、日本の作家の樋口一葉や二葉亭四迷などを、日本語でこんなにスムーズに読めるかと聞かれたら、ぼくにはまったく自信がありません。(汗)

原文は無料で、以下のサイトかアマゾンから落とせます。

⇒Project Gutenberg

《追記》
あらためて読み返したら、情景がよく浮かばずに、分かったつもりで読み流していたことに気づいた。(汗)

一例をあげれば、

I was a strollin' down, thinkin' between ourselves how uncommon handy a four of gin hot would be, when suddenly the glint of a light caught my eye in the window of that same house. Now, I knew that them two houses in Lauriston Gardens was empty on account of him that owns them who won't have the drains seen to, though the very last tenant what lived in one of them died o' typhoid fever. I was knocked all in a heap therefore at seeing a light in the window, and I suspected as something was wrong. When I got to the door----"

上の文では、以下の箇所がよく分からなかった。

thinkin' between ourselves how uncommon handy a four of gin hot would be,  

ここだけの話、ホット・ジンを4ハイ、飲みたかった?
でも、それだったら、four hot gins と素直に書くと思うけれど。
また、過去の仮定の話で、 "would be" が使われるのもおかしいような気もするが、会話文だからいいのかな。
130年前の英語の語法については詳しくないから、よく分からない。。。

⇒調べたら、"a four of fish" で、4ペニーで買えるフィッシュとポテトチップという意味があるそうだ。( "Four of fish" is a popular order representing four pennies' worth of fish and chips, )
"thinkin' between ourselves how uncommon handy a four of gin hot would be," の意味は、ここだけの話、安いホット・ジンの一杯でもひっかけたいと思いながら。

I knew that them two houses in Lauriston Gardens was empty on account of him that owns them who won't have the drains seen to, though the very last tenant what lived in one of them
died o' typhoid fever.


これも、them や him が何を指すのかやどれがどこにかかっているのかなどがよく分からなかった。
たぶん、意味は、ローリストン・ガーデンのその家は2つとも空き家だった。家主は、排管が壊れていたのに修理をしなかった。片方の家に住んでいた最後の住人は腸チフスにかかって死んでしまったのに。
("won't have the drains seen to," は、排水が悪いのに直さなかったこと?)

その空き家の中から明かりが見えたので、おかしいと思って家の戸口まで行った。
自分の英語の読解力もかなりいいかげんで、分かったようなつもりで流し読みしていた。

英語は、コンピュータなどの専門書が一番やさしくて、ノベル、とくに古いノベルを読むのは苦手だ。

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ためしに、T.S.EliotのFour Quartetsの冒頭の部分を日本語に翻訳してみた。

Time present and time past
Are both perhaps present in time future,
And time future contained in time past.
If all time is eternally present
All time is unredeemable.
What might have been is an abstraction
Remaining a perpetual possibility
Only in a world of speculation.
What might have been and what has been
Point to one end, which is always present.

現在と過去という時は
未来の時のなかにもあるのだろう
未来の時もまた過去という時のなかに
すべての時がつねにあるということは
すべての時は、取り返しがつかないということ
ありえたかもしれないは、抽象であって
ただ、可能性のなかに留まっているのみ
思索の世界のなかだけで。
ありえたかもしれない、そして、実際にあった
この二つが示す終わりは一つ、それはいつも現在という時。

T.S.エリオットの有名な詩だけれど、私の力不足もあって日本語はまったく詩にはなっていない。
意味もよくわからない!(これは、私の力不足だけではなく、日本語の特徴も関係しているのだと思う。)

何が言いたいかというと、日本語には「時制」の概念がないということだ。
一方では、英語には「時制」という概念があるから、こうした詩の表現も可能になるのだ。

たとえば、失くしていたケータイが見つかったとする。
日本語だと、思わず「あった!」と叫んでしまうとこだが、ケータイがあるのは現在のはずだ。
日本語の「あった」は、過去も表わすというだけで、「ある」という動詞の過去時制ということではないのだろう。
もともと、日本語の動詞には時制はないのだから。

もちろん、日本語だって過去や未来は表現できる。
だけど、それは「時制」を使って表現することができないということだ。

一方、英語では「時制」の概念がしっかりとあって、英語の動詞は「過去・現在・未来」ときっちりと分類して表現される。
より正確には、英語は「時制」を無視して動詞を使うことすらできない。

さらには、英語では「過去・現在・未来」の各時制は、それぞれ4つの相に分類して表現される。(文法用語では、基本、完了、進行、完了進行というそうだ。)
参考サイト⇒基本時制の一覧

「過去」
①studied(基本)
②had studied(完了)
③was studying(進行)
④had been studying(完了進行)

「現在」
①study
②have studied
③be studying
④have been studying

「未来」
①will study
②will have studied
③will be studying
④will have been studying

このように、英語では、時間はおおまかに12通りに分類して表現されるそうだ。

私は、もっとあるような気もするのだが。。。

たとえば、現在から見ればすべては過去の出来事だけれど、過去のある時点から見た場合の未来とか。
「子どものとき、よく空地で遊んだけれど、その空地は取り壊され、数年後には大きなショッピングモールができた。」
これを、現在から子どものときの視点に戻って、過去の未来の完了の相で表現したい場合とか。(フランス語でいう、接続法過去未来?)

A large shopping mall would have been built in the playing field a few years later.

ためしにこんな風に書いてみたが、仮定法みたいになってしまった。
こういう場合の正しい時制の使い方を知っている方は教えてください。

たぶん、これは「完了」の相は無視して、複文にして、

At that time I did not even imagine the playing field would be destroyed and a large shopping mall would be built in it only a few years later.

こちらの方がいい? 私は、英文法はまったく知らない。
過去の時制に未来と完了の相をぶち込んで、仮定法のようにならない表現方法を知っている方は、教えてください。

まあ、英文法もまともに知らなくてこんなことを言うのもなんだが、英語の時制はシンプルでわかりやすい方だと思う。
英語は動詞の活用も規則的だから覚えやすい。

他の外国語、たとえばロシア語やフランス語の方が、はるかに複雑だ。
やっぱり、「時制」の表現に関しては、フランス語が一番うつくしいという印象がある。

参照記事
英和辞典の弊害と英英辞典の必要性について
英語の冠詞と、マーク・ピーターセンの「日本人の英語」

[付録]
T.S.Eliotの『四つの四重奏』に関しては、城戸朱理さんの翻訳の一部を紹介しておきます。

現在であれ過去であれ 時間は
未来のうちにあるのだろう
そして未来は過去のなかにあって。
時間というものが必ずや存在するのなら
時という時は取り返しがつかないもの
そうであっただろう、というのは抽象で
あくまでも可能性にとどまるのは
思索の世界のなかでのこと
そうであっただろうと、そうだったの
示す終わりはただひとつ、それはつねに現在だ
足音が記憶のなかで響き渡る
わたしたちが通ったことのない通路を通り
いまだに開けたことのない扉に向かい
バラ園に出ては 私の言葉はそんなふうに
君の心にこだまする
だが何のために
鉢のバラの葉の塵まで乱さねばならないのか
私には分からない
ほかにもこだまが
この庭園には棲んでいる。 ついていってみようか?
いそいで、と小鳥が言う、見つけて、見つけて
その角を曲がって、最初の門をくぐって
初めての世界に入り込み、見え隠れするつぐみに
ついていってみようか。初めての世界に入るために

彼女の翻訳は素晴らしいと思う。

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最近はいろいろと忙しく、ブログの更新が滞っています。
温めているネタはたくさんあるので、いずれ、まとめてアップするつもりです。

今日は、以前に投稿したものの一部で、バーナード・ショーの言葉を再利用しました。(あとの翻訳はぼくの急ごしらえなので、間違っているところがあるかもしれません。)

Most people do not pray; they only beg.
たいていの人間は、祈っているのではない。ただ、物乞いをしているだけなのだ。

Youth is a wonderfull thing. What a crime to waste it on childhood.
若さとは、素晴らしいもの。それが、幼いときに浪費されるなんて、なんて罪なことだろう!

Alcohol is the anesthesia by which we endure the operation of life.
アルコールとは、人生という作業を堪えるための、麻酔。(麻酔と手術のオペ"operation"とがかけてありますが、どう訳せばいいのか分かりませんでした。)

A happy family is but an earlier heaven. 幸せな家庭とは、早く訪れた天国のようなものだ。(だったら、不幸な家庭というのは、早く訪れた地獄のようなもの?ちなみにぼくには、離婚歴があり・・・。”幸せな家庭とは、この世で見つけた天国のようなもの”と訳した方が、日本語としていいかも。)

A man of great common sense and good taste - meaning thereby a man without originality or moral courage. 良識がありとてもいいセンスを持った人。つまりは、オリジナリティも道徳的勇気もない人のこと。(tasteの適切な訳語が見つからない、ここでは、分別の方がよかったのかも。)

The fact that a believer is happier than a skeptic is no more to the point than the fact that a drunken man is happier than a sober one.
信仰をもつ者が懐疑主義者より幸せだという事実は、酔っぱらいの方がしらふの人間より幸せだというのと同じことだ。
これなんか、昔、学校で習った英文法、「"A whale is no more a fish than a horse is."クジラが魚でないのは、馬が魚ではないのと同じことだ」というやつですね。
学校では、この例文のように単数で習ったけれど、この場合の不定冠詞の"a"の働きを文法的にどう呼ぶのだろうか?

Democracy is a form of government that substitutes election by the incompetent many for appointment by the corrupt few.
デモクラシーとは、腐敗した少数による取り決めから、無能な多数者による選挙へと取って替わった統治のシステムでのことである。

Hegel was right when he said that we learn from history that men can never learn anything from history
「人は歴史から何も学ばない」ということを歴史から学んだとヘーゲルが言ったとき、彼は正しかったのだ。

Property is organized robbery. 財産とは、制度化された盗みのことだ。

You'll never have a quiet world till you knock the patriotism out of the human race. 人類から愛国主義をなくさないかぎり、静かな世界なんておとずれないだろう。

The worst sin toward our fellow creatures is not to hate them, but to be indifferent to them: that's the essence of inhumanity.
同胞に対する最大の罪は、彼等を憎むことではない。彼等に無関心になることだ。これこそが、非人道的なおこないの本質にあるものだ。

All great truths begin as blasphmies.
すべての偉大な真実は、神や権威への冒涜としてはじまる(別にガリレオやソクラテスの事件を思い出さなくても、普通にあたりまえのことですよね)。

以上、バーナード・ショーの箴言集でした。
今週は水曜日に休みで、なんかずっと得した気分でした。
参照記事(あまり、関連性はないかもしれませんが)
T.S.Eliotの詩について
一番長い綴りの英単語は?
テニスにまつわるお話、その他のこと

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