このブログのタイトルの下の、
「Persons attempting to find a motive in this narrative will be prosecuted; persons attempting to find a moral in it will be banished.......」(この話の中に、テーマを見出そうとする者は告訴されるだろう。この話の中に、教訓を見出そうとする者は追放されるだろう・・・)という言葉。

この言葉は、大好きなアメリカの作家、マーク・トウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」から借りてきたものだ。
ぼくがこの本に出会ったのは、大学2年の夏だった。

当時は、アルバイトや授業の課題のレポート提出なんかに追いまくられていた。
その合間の気晴らしにいいだろうと思って、新宿紀伊国屋の洋書売り場に寄って買ってきた本の中の一冊だった。
エアコンのない下宿部屋の、脳みそも溶けてしまいそうな暑さの中で、ずっとこの本を読みふけっていた。。。

この本のあらすじは、こんな感じだ。(以下、ネタバレが含まれています。)

アルコール中毒の父親から逃げ出したハックは、同じく逃亡してきた黒人奴隷のジムと、ミシシッピ川の中洲で偶然に再会する。そこで、二人は協力しあってミシシッピ川をイカダで下って逃走することにする。

途中で、二人はいろんな騒動に巻き込まれていく。
何度も嵐に見舞われ、ミシシッピ川沿いの住民とのトラブルに巻き込まれながらも、ハックの機転でなんとか危機を脱出していく。

物語のところどころに散りばめられた、ミシシッピ川の自然の描写、壮麗な日の出や夕日など。
イカダの上から見る、満点の星空。。。

この物語は、ミシシッピ川そのものが、主人公だといっていいくらいだ。

ジムの逃亡を手伝いながらも、ハックは良心の呵責にさいなまされる。
(1840年代では、奴隷は誰かの所有物であり、その逃亡を助けるということは、その人の財産に対する侵害になっていてたのだから。)

それでも、ハックは自分の気持ちに従って、ジムと行動を共にする。
途中で、仲間の裏切りにあい、ジムは囚われの身になってしまうが、そこにハックの悪ガキ仲間のトム・ソーヤが登場して、二人の窮地を救うという結末。

最後には、ジムも自由の身になり、一応はハッピーエンドなのだが、戻るべき場所のあるトムとどこにも帰属していないハックとの違いがはっきりしていて、なんとなくつらい気持ちにさせられる結末でもある。

最後には、同じ悪ガキ仲間でも、トムソーヤは体制の側にいるけれど、自然児のハックはそこからはじき出されているということがはっきりしてしまう。
ハックは、これからどうなるのだろうか?
幸せになれるのだろうか?
ハック少年が幸せに生きていけるような社会、それこそがアメリカの理想の社会であり、マーク・トウェイン以降も、何度も取り上げられるようになる、アメリカ文学のテーマなのだろう。

これは、書き出しの部分。
You don't know me,whithout you have read a book by the name of The adventures of Tom Sawyer.
But that ain't no matter.
That book was made by Mr Mark Twain and he told the truth mainly.There are things which he stretched,but mainly he told the truth.
『トムソーヤの冒険という本を読んでなかったら、おれのことは知るまい。
だけど、そんなことはどうでもいい。
その本はマーク・トウェインさんが書いたものだ。大げさに書いているところもあるが、おおかたは本当のことを書いているんだ。』

こんなフザけた書き出しから始まる小説は、いまでもめずらしいのではないだろうか?

続いて、これはたまたまめくったページの一部だが、ジムが毒蛇にかまれて、二人で民間療法をこころみるところ。
He was barehooted,and the snake bit right on the heel.
That all comes of my being such a fool as to not remember that wherever you leave a dead snake,its mate always comes there and curls around it.
Jim told me to chop off the snake's head and throw it away,and then skin the body and roast a piece of it.I done it, and he eat it ,and said it would help cure him.
ジムは裸足だった。そして、足のカカトの右のところを蛇に噛まれてしまったのだ。
これは、おれが原因なんだ。おれがまったくドジで、蛇を殺してそのままにしていたのを忘れてしまっていたのだ。そしたら、連れ合いがやって来て、死んだ蛇のまわりでとぐろを巻いていたというわけだ。
ジムは、蛇の頭を切りとって投げ捨てるように、おれにいった。
それから、蛇の皮をはいで、肉をローストにするようにと。
おれはいわれたようにやった。
ジムはその肉を食べて、こうすれば、傷も治るに違いないといった。
(ハックもジムも、当時のいろんな迷信や因習にとらわれてるいる。)

これは、ジムがつかまって彼を助ける決心をしたときのハックの決意。
"All right, then, I'll GO to hell"―and tore it up.
It was awful thoughts and awful words, but they was said. And I let them stay said; and never thought no more about reforming. I shoved the whole thing out of my head, and said I would take up wickedness again, which was in my line, being brung up to it, and the other warn't. And for a starter I would go to work and steal Jim out of slavery again; and if I could think up anything worse, I would do that, too; because as long as I was in, and in for good, I might as well go the whole hog.

「こうなったら、地獄へでも落ちてやる。」 それから、手紙を引き裂いた。
これは、ひどい考えだし、ひどい言葉だった。だけど、もう言っちまったことだ。おれは撤回せずに、そのままにしておいた。
それから、もう手紙のことを頭から追いやった。
「以前のように、悪いことをやってやろう。おれにはこれがふさわしいんだ。」
おれは、悪いことをずっとやってきたし、他の生き方など知らなかった。
まずは、ジムを奴隷の身分から救い出そうじゃないか。
それから、もっと悪いことを思いついたら、そいつもやってやろうじゃないか。

最後は、自然児ハックの心情が語られていて、この小説を象徴しているような印象深いシーン。
We said there warn't no home like a raft, after all. Other places do seem so cramped up and smothery, but a raft don't. You feel mighty free and easy and comfortabole on a raft.
「おれとジムは話し合ったんだ、イカダ以上の家なんてないだろうなって。他だったらごちゃごちゃしていたり、息苦しかったりするだろうが、イカダの上だと、自由で、のんびりできて、快適なんだ。」

社会からドロップアウトした、文字もろくに書けないハック少年の一人称で語られているので、そんなに難しい単語が出てくるわけではない。
だけど、withoutが接続詞で使われたり、madeの用法など、発表当時(1985年)でも南部方言や俗語的な言いまわしが問題になったくらいだから、いまでもおかしいと思う用法がいっぱい出てくる。たとえば、 betweenをbetwixtと書いたり、knewをknowedと書いていたりすることなど。(当時は、辞書で調べても解答が見つからないので、考えあぐねていたが、結局は、ハック少年の間違った英語の使い回しなのだと納得した。)

もちろん、こうした言い回しこそが、マーク・トウェインの文体の魅力の源泉にもなっているのだが。

やっぱり、マーク・トウェインは、言葉の練金術師なのだなと思う。

マーク・トウェインこそが、それまでのイギリス人の英語から離れて、アメリカ人のための英語を生み出した最初の作家なのだと思う。

ヘミングウェイも、この作品を絶賛していた。
All modern American literature comes from one book by Mark Twain called Huckleberry Finn.・・・・・・It's the best book we've had. All american writing comes from that.There was nothing before.There has been nothing as good since. "Hemingway's Green hills of Africa"
「すべての現代アメリカ文学は、ハックルベリー・フィンというマーク・トウェイの1冊の本に由来している・・・(途中省略)。
これこそが、アメリカが持っている最高の文学だ。すべてのアメリカ文学はそこからきている。それ以前にはアメリカ文学などなかった。それ以降も、これに並ぶ作品は出てこなかった。」


ぼくは、純文学は好きでもないしあまり読まないけど、この「ハックルベリー・フィン」とサマーセット・モームの「人間の絆」だけは、もう一度読み返してみたいと思っている。



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テーマ:英語
ジャンル:学問・文化・芸術