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ためしに、T.S.EliotのFour Quartetsの冒頭の部分を日本語に翻訳してみた。

Time present and time past
Are both perhaps present in time future,
And time future contained in time past.
If all time is eternally present
All time is unredeemable.
What might have been is an abstraction
Remaining a perpetual possibility
Only in a world of speculation.
What might have been and what has been
Point to one end, which is always present.

現在と過去という時は
未来の時のなかにもあるのだろう
未来の時もまた過去という時のなかに
すべての時がつねにあるということは
すべての時は、取り返しがつかないということ
ありえたかもしれないは、抽象であって
ただ、可能性のなかに留まっているのみ
思索の世界のなかだけで。
ありえたかもしれない、そして、実際にあった
この二つが示す終わりは一つ、それはいつも現在という時。

T.S.エリオットの有名な詩だけれど、私の力不足もあって日本語はまったく詩にはなっていない。
意味もよくわからない!(これは、私の力不足だけではなく、日本語の特徴も関係しているのだと思う。)

何が言いたいかというと、日本語には「時制」の概念がないということだ。
一方では、英語には「時制」という概念があるから、こうした詩の表現も可能になるのだ。

たとえば、失くしていたケータイが見つかったとする。
日本語だと、思わず「あった!」と叫んでしまうとこだが、ケータイがあるのは現在のはずだ。
日本語の「あった」は、過去も表わすというだけで、「ある」という動詞の過去時制ということではないのだろう。
もともと、日本語の動詞には時制はないのだから。

もちろん、日本語だって過去や未来は表現できる。
だけど、それは「時制」を使って表現することができないということだ。

一方、英語では「時制」の概念がしっかりとあって、英語の動詞は「過去・現在・未来」ときっちりと分類して表現される。
より正確には、英語は「時制」を無視して動詞を使うことすらできない。

さらには、英語では「過去・現在・未来」の各時制は、それぞれ4つの相に分類して表現される。(文法用語では、基本、完了、進行、完了進行というそうだ。)
参考サイト⇒基本時制の一覧

「過去」
①studied(基本)
②had studied(完了)
③was studying(進行)
④had been studying(完了進行)

「現在」
①study
②have studied
③be studying
④have been studying

「未来」
①will study
②will have studied
③will be studying
④will have been studying

このように、英語では、時間はおおまかに12通りに分類して表現されるそうだ。

私は、もっとあるような気もするのだが。。。

たとえば、現在から見ればすべては過去の出来事だけれど、過去のある時点から見た場合の未来とか。
「子どものとき、よく空地で遊んだけれど、その空地は取り壊され、数年後には大きなショッピングモールができた。」
これを、現在から子どものときの視点に戻って、過去の未来の完了の相で表現したい場合とか。(フランス語でいう、接続法過去未来?)

A large shopping mall would have been built in the playing field a few years later.

ためしにこんな風に書いてみたが、仮定法みたいになってしまった。
こういう場合の正しい時制の使い方を知っている方は教えてください。

たぶん、これは「完了」の相は無視して、複文にして、

At that time I did not even imagine the playing field would be destroyed and a large shopping mall would be built in it only a few years later.

こちらの方がいい? 私は、英文法はまったく知らない。
過去の時制に未来と完了の相をぶち込んで、仮定法のようにならない表現方法を知っている方は、教えてください。

まあ、英文法もまともに知らなくてこんなことを言うのもなんだが、英語の時制はシンプルでわかりやすい方だと思う。
英語は動詞の活用も規則的だから覚えやすい。

他の外国語、たとえばロシア語やフランス語の方が、はるかに複雑だ。
やっぱり、「時制」の表現に関しては、フランス語が一番うつくしいという印象がある。

参照記事
英和辞典の弊害と英英辞典の必要性について
英語の冠詞と、マーク・ピーターセンの「日本人の英語」

[付録]
T.S.Eliotの『四つの四重奏』に関しては、城戸朱理さんの翻訳の一部を紹介しておきます。

現在であれ過去であれ 時間は
未来のうちにあるのだろう
そして未来は過去のなかにあって。
時間というものが必ずや存在するのなら
時という時は取り返しがつかないもの
そうであっただろう、というのは抽象で
あくまでも可能性にとどまるのは
思索の世界のなかでのこと
そうであっただろうと、そうだったの
示す終わりはただひとつ、それはつねに現在だ
足音が記憶のなかで響き渡る
わたしたちが通ったことのない通路を通り
いまだに開けたことのない扉に向かい
バラ園に出ては 私の言葉はそんなふうに
君の心にこだまする
だが何のために
鉢のバラの葉の塵まで乱さねばならないのか
私には分からない
ほかにもこだまが
この庭園には棲んでいる。 ついていってみようか?
いそいで、と小鳥が言う、見つけて、見つけて
その角を曲がって、最初の門をくぐって
初めての世界に入り込み、見え隠れするつぐみに
ついていってみようか。初めての世界に入るために

彼女の翻訳は素晴らしいと思う。

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テーマ:英語
ジャンル:学問・文化・芸術
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