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あれはぼくが中学生のときだった。
当時は英語の授業が、嫌でしかたがなかった。

つまらない授業、つまらない教科書。

「This is a pen.」、「Is That the table?」、こんな内容の教科書なんて、わざと英語嫌いを作ろうとしているとしか思えない!

そうした状況のとき、兄がぼくにマーク・トウェインの「トムソーヤーの冒険」という英語の本をプレゼントしてくれました。

マーク・トウェインの文章は、言葉が生き生きと躍動感にあふれていて、はじめて英語という言葉が、学校で習うような単調なものではなく、面白くて、ユーモアに溢れていものだというのを感じることができました。


ここで少しばかり、マーク・トウェインの英語の魅力について、書いてみようと思います。

これは、土曜日の休日の朝で、人々が喜んでいるシーンです。

SATURDAY morning was come, and all the summer world was bright and fresh, and brimming with life. There was a song in every heart; and if the heart was young the music issued at the lips. There was cheer in every face and a spring in every step. The locust-trees were in bloom and the fragrance of the blossoms filled the air. Cardiff Hill, beyond the village and above it, was green with vegetation and it lay just far enough away to seem a Delectable Land, dreamy, reposeful, and inviting.
(もともとが子供のために書かれた本なので、単語自体はやさしいはずです。ただ、なにぶん古い英語なので、難しく感じる部分もあるかもしれません)。

以下は、ぼくの訳です。急ごしらえなので間違っているかもしれません。

「土曜日の朝がやってきた。夏の光につつまれて、すべてのものは若々しい命にあふれていた。すべての人の心の中には音楽が宿っていた。もし、彼らが若かったら、その音楽は唇からあふれ出てくることだろう。
すべての顔が、喜びにあふれて、足取りも軽やかだ。ニセアカシアの花は満開で、その香りが一面にただよっている。
村を越えたところには、カーディフの丘が、草木の緑の洋服を着て、夏の光のなかに横たわっている。
カーディフの丘の向こうのはるかかなたには、眠たげで、夢見がちで、誘うような大地がひろがっている」。

もう一つ、これは月曜日の朝の出来事です。

MONDAY morning found Tom Sawyer miserable. Monday morning always found him so―because it began another week's slow suffering in school.
「月曜日の朝がやって来た。また、学校での苦悩の一週間がはじまるかと思うと、トムはいつもみじめな気持ちになってしまうのだ」。

仮病を使って、学校を休もうとしても、ポニーおばさんにばれて、結局学校に行くはめになります。

授業中のシーンです。

THE harder Tom tried to fasten his mind on his book, the more his ideas wandered.
(これは、学校の英文法で必ず習う比較表現の一つ、「**すればするほど、**になる」というやつです)。

So at last, with a sigh and a yawn, he gave it up. It seemed to him that the noon recess would never come. The air was utterly dead. There was not a breath stirring. It was the sleepiest of sleepy days.(これも、最上級という表現ですね)。

The drowsing murmur of the five and twenty studying scholars soothed the soul like the spell that is in the murmur of bees.
(the five and twenty studying scholars)の意味がよくわからない。
spell”ってのもどういう意味なんだろう?
生徒のしゃべり方の比喩で言っているのだろうか?
それとも、一連の時間の長さを意味しているのだろうか?
けっこういい加減な読み方をしていました!)


Away off in the flaming sunshine, Cardiff Hill lifted its soft green sides through a shimmering veil of heat, tinted with the purple of distance; a few birds floated on lazy wing high in the air; no other living thing was visible but some cows, and they were asleep. Tom's heart ached to be free, or else to have something of interest to do to pass the dreary time.

以下は同じく、ぼくの訳です。

「トムは、教科書に集中しようとすればするほど、彼の心はほかのところへとさまよってしまう。ついにトムはあきらめて、ため息とあくびをした。昼休みの時間は永遠にやって来ないような気がしてきた。教室は死んだように静まりかえっていて、授業を邪魔するような鼻息ひとつ聞こえない。眠たい日々のなかでも、最も眠たい一日だった。5人、20人と勉強している生徒達のささやき声が、ミツバチの羽のうねりのように、トムの眠気をさらに誘ってしまう。教室の窓のはるか向こうでは、カーディフの丘が、そのゆるやかな山並みの緑を暑い夏の日差しの中でかがやかせている。鳥たちもものうげに飛んでいる。ほかに目につく生き物といったら牛だけだ。その牛たちもすやすやと眠っている。
トムの心は自由を求めて、痛みさえ感じだしてきた。自由になれないのなら、この退屈な時間を過ごすための何か面白いものが欲しいと思った」。

St,Petersburgという田舎村の、とある夏の日ののどかな午前のひと時、学校という監獄の中で自由を求めて、さまようトムの心。

ユーモア文学の傑作!

この英語の持つリズムやユーモア感、St,Petersburgという田舎村が持つ眠たげでけだるい雰囲気、そういったものが、中学生のぼくのたどたどしい英語の理解力の壁を破って、ぼくを魅了させることになりました。

中学生のぼくには、これらの英語の文章自体が笑っているように思えました。

そして、この本はまちがいなく、ぼくが英語を好きになるきっかけを提供してくれました。
それ以来、英語の勉強もそんなに嫌いではなくなりました。
もちろん、あたらしい単語や英文法を覚えるのは苦痛でしたが、こんな面白い英語の本を読むためだったら、なんとか我慢できるだろうと思いました。

その後も、いろいろと好きな英語の作品に出会いました。

ロバート・R・スティンブルソンの「宝島」、ロバート・F・ハイラインの「夏への扉」、ジェームス・P・ホーガンの「星を継ぐ者」、アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」など。。。

参照記事
あの年の夏、「ハックルベリー・フィンの冒険」
お薦めのSF(タイムトラベル編)



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