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今日で、2月も最後だ。
午前中は、近くの公園でランニングをした。
梅の花が、とてもきれいだった。(下の写真)
いまは梅のシーズンだが、近郊では大阪城の梅園が有名だそうだ。
明日、梅田に出かけるので、時間があったら寄ってみよう。

先日、世界的にベストセラーになっているトマ・ピケティの「21世紀の資本」の英訳本、Capital in the Twenty-First Century を買いました。
英訳のKindle 版だと、2617円でとても安かったから。(ハードカバーの日本語訳本は、5940円。)

それでちょっと気になったのですが、英訳のタイトルはCapital in the Twenty-First Centuryとなっていて、(capital)は無冠詞になっていたこと。
もとのフランス語のタイトルは Le capital au XXIeme siecle と定冠詞がつくし、ドイツ語訳でも、Das Kapital im 21. Jahrhundert になっていた。
そういえば、マルクスの資本論も、もとのドイツ語のタイトルは Das Kapital なのに、英訳は Capital と無冠詞だ。
やっぱり英語の冠詞(無冠詞の用法も含めて)は、ドイツ語やフランス語と比べても、使い方が独特なんだと思う。
これはヨーロッパ諸言語の中で、英語だけが文法上の性( grammatical gender)を失くしたことと密接に関係しているのだろう。

参考記事⇒英語の冠詞とマーク・ピーターセンの「日本人の英語」

DSCF1063.jpg

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コメント
あの本、買いましたか。。。白い大きな辞典のような(笑)

主婦でちんぷんかんぷんかなとおもったけど、新聞でピケティ理論をちょっと読むたびに、
社会学のようで興味あったんですが、あの値段と分厚さ。。(汗)
キンドルで半額とは!!!
著者以外のピケティ関係本より、本物を読めと新聞にありました。

がんばってください!!(爆)

来週、長居競技場あたり、行きます(爆)
2015/02/28(Sat) 18:09 | URL | 大阪の主婦 | 【編集
主婦さんへ
>あの本、買いましたか。。。白い大きな辞典のような(笑)

ぼくは飽きっぽくってほとんどの本を途中で放り投げるから、最後まで読めるかどうか分かりません。
大学は理工学部だったし、経済学の知識もほとんどありませんから。
⇒ぼくの経済学の知識は、日経新聞の経済教室で学んだくらいで、経済学の本もずっと昔、ミルトン・フリードマンというノーベル賞をもらった経済学者の『選択の自由 Free To Choose 』というベストセラー本は読んだくらいです。

これで思ったのですが、フリードマンは「市場に任せろ」というバリバリのレッセフェール主義者でしたが、一方でピケティは、貧富の格差などの社会的不平等は市場に任せていたらさらにひどくなるから、外部から介入して格差を是正すべきだと主張しているように思います。

ぼくの学んだ自然科学では、たとえばガリレオの慣性の法則やマックスウェルの電磁方程式などは正しい理論だと誰もが認めると思います。
仏教徒だろうが、無宗教の人だろうが、イスラム原理派の人であろうが、その人の政治的・宗教的信条とはまったく関係なく・・・。
一方で社会科学では、その人の政治的な信条によって、まったく正反対の主張がなされるのですね。
トマ・ピケティやミルトン・フリードマンの場合のように。

>主婦でちんぷんかんぷんかなとおもったけど、新聞でピケティ理論をちょっと読むたびに、 社会学のようで興味あったんですが、あの値段と分厚さ。。(汗)

半年も経てば、定価の半額くらいでブックオフに並ぶと思いますよ。
ある著名な漫画家が、直ぐにブックオフで売られるから、かってのように増版本が売れないと嘆いていました。(爆)

>著者以外のピケティ関係本より、本物を読めと新聞にありました。

ピケティ本を日本語へ翻訳した山形浩生さんが、巷のピケティ解説書のほとんんどは、ピケティを真面目に読んでいなくて、ただ解説者の政治的・経済学的な信条を書いているだけだと批判していました。(爆)
2015/02/28(Sat) 22:16 | URL | shige | 【編集
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