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昨日、遅くまで飲んでいて、いまも調子がよくなく、ブログを書く気力が起こりません。
かわりに、以前書いていたものをアップしてみます。
あまり、関心を持たれる内容ではないんじゃないかと、ちょっと心配していますが。

先日、中央図書館に寄って、「National Geography」という雑誌を何冊か借りてきました。
その中の一冊が、イランの特集記事を掲載していました。

この特集を読みながら、ぼくは、イランについて何も知らないということに、あらためて気づかされた。
イラン関連のニュースといえば、核開発とイスラム過激派のことばかりが取り上げられている。

イラン(アケネメス朝ペルシアAchaemenid Persian Empire 550 B.C to 330 B.C)は、地上に誕生した最初の世界帝国。その統治は、小アジア、エジプト、メソポタ二ア、インドの一部にまで及び、これは中国を除いた当時の文明の全てをカバーするものだった。

ゾロアスター教の教えに従い、異民族の文化や宗教に対して、非常に寛容だった帝国。
たとえば、ユダヤ人たちをバビロン捕囚から開放して、故郷のパレスチナへの帰国を許したりしている。

ペルセポリスの遺跡の写真が、いくつも所収されているが、そのほとんどが、踊っている女や手をつないでいる兵士などの、平和的な光景が多かった。
戦っている兵士の姿とかはあまり見られない。
ギリシア人やヨーロッパ人を通して見た、ペルシア戦争の歴史しか学校で習わなかったぼくは、好戦的な帝国だという印象しか持っていなかったが、それは一方的な見方だったのだろう。

今でも、イラン人は過去の輝かしい歴史にノスタルジーを感じるのだと言う

だがその歴史も、やがて、アレキサンダー大王、アラブ人、モンゴル人、トルコ人、イギリス人と次々に侵略を受けることになる。

とくに、7世紀からのアラブの侵攻と占領はイランの国家の形態を根本的に変えてしまった。
それまでの、ペルシア人の民族宗教だったゾロアスター教を棄て、アラブ人がもたらしたイスラム教を受け入れてしまうことになるのだ。

もちろん、アラブのスンニ派(注1)に対して、シーア派(注2)というイスラム教の中でも少数派に属することになるが。

我々は、ムスリムだけれどアラブ人ではない。我々は、ムスリムでもシーア派だ。
雑誌の記者はイランに滞在したとき、イラン人がこう言うのをよく聞いたそうだ。

たぶん、個人にも民族にもアイデンティティーのクライシスといったものがあるのだろう。
イラン人は、7世紀からのアラブの侵攻と占領という屈辱から、完全には立ち直っていない。
当時のペルシア人にとっては、アラブ人とは、砂漠のテントに住む未開人に過ぎなかった。

同じ様に、ぼくたち日本人も敗戦とその後の占領の結果生じた、国家イメージの分裂と混乱の危機から、まだ完全には立ち直っていないのだと思う。
(個人的な意見を述べさせてもらえば、一時期、日本人の中に蔓延していた憲法9条と非武装平和国家への幻想、これは、現実的な政治政策というより、社会病理学の研究の対象になるべき分野だと思う。
オウム真理教などのカルト集団、ポルポトの革命や毛沢東の文革、ぼくには、憲法9条の問題も、これと同じレベルでの社会の病理現象の一つにしか思えないのだが。何故、いまでも日本人は、軍事に関する問題になると思考を停止(議論することも含めて)し、現実的な対応を取れないのだろう?)

話をイランのことに戻せば、現在のイラン人が感じる、過去の栄光と現状への不満。

雑誌を読みながら、イラン人の過激な行動の一部が、こうしたジレンマから生じているのかもしれないと思った。

アメリカに対する反発も、地上に誕生した最初のスーパーパワーとしての記憶、異なる文化に対して寛容だった自分たちの帝国に比べて、アメリカという帝国があまりに他者に非寛容だという思いから、来ているのかもしれないと思った。

記事には、フェルドーシ(Ferdowsi)というイランの国民的詩人のことも書かれていた。

10世紀のアラブの占領下のイランで、フェルドーシ(Ferdowsi)という、国民的詩人が誕生する。
たぶん、ギリシア人にとってのホーマー、イギリス人にとってのシェークスピアみたいなもの。

彼の詩は、アラビア語を排して、純粋なペルシア言葉を使っているという。
彼の詩が、コーランとアラブ人の占領によるアラビア語の影響から、ペルシア語を救ったのだという。

現代でも、ほとんどのイラン人は彼の詩を暗誦できるそうだ。

雑誌を読みながら、今度、チャンスがあったら、是非イランに旅行してペルセポリスの遺跡を見てみたいと思った。

そして、あまり欧米(とくにアメリカ)に気兼ねすることなく、日本とイランとの友好をもっと深めたいなとも思った。

以上、「National GeographyのAncient Iran、Inside Nation's Persian Soul」の特集記事を読んでの感想です。専門外の人間が、思いつくままに書いてみました。

(注1)スンニ派とシーア派の対立は、カリフの正当性に関する意見の相違に端を発している。スンニ派はイスラムの主流派で、信者の85%がこの派に属するという。
(注2)イスラム教信者の10%くらいからなる少数派で、その中心はイラン。
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
No title
おはようございます、下ちゃんです。
ブログへのコメント、ありがとうございました。

イランという国について、私もほとんど知りませんでした。
戦後からアメリカが何かと中心になっている感がありますが、それぞれの国に歴史や特色がありますよね。
徐々にアメリカ中心の体系も崩壊していくような気もします。
2009/08/02(Sun) 09:21 | URL | 下ちゃん | 【編集
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